はじめに
本記事では、シングルセルRNA-seqを利用した研究を紹介して参ります。
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・シングルセルRNA-seq: 細胞間の遺伝子発現ヘテロジェネイティを解明
◆sc(シングルセル)RNA-seqに関する論文紹介
●Single-cell RNA sequencing technologies and applications: A brief overview. (Review)
Jovic D, Liang X, Zeng H, Lin L, Xu F, Luo Y.
Clin Transl Med. 2022;12(3):e694. doi:10.1002/ctm2.694
sc-RNAseq技術は、2009年にTangらによって初めて実現されて以来発展しつづけています。初期技術では、単一細胞からのRNAをcDNAへ変換し、シーケンシングすることで詳細な細胞解析が行われましたが、近年ではマイクロフルイディクス技術やドロップレット技術などにより、膨大な数の細胞を同時に処理できるようになり、処理効率とコストが大幅に改善されています。さらに、特定の細胞を独自に識別する「バーコード技術」の導入により、解析精度も向上しました。sc-RNAseqを利用して、発生生物学、免疫学、がん研究、糖尿病、神経科学、感染症(COVID-19を含む)といった多岐にわたる分野において細胞の多様性や機能が解明されています。たとえば、がん研究では腫瘍微小環境における細胞間相互作用や治療抵抗性の獲得メカニズムを把握し、がんの進展や治療反応の理解に貢献しています。また、免疫応答やCOVID-19による病態進行の解明にも利用され、治療戦略の立案に重要な知見を提供しています。植物分野でもscRNA-seqに基づく細胞アトラス構築が進んでおり、遺伝子発現や細胞機能の理解が深まっています。scRNA-seqの活用はさらに進み、将来的には個別化医療や診断への応用も期待されています。
●Single-cell RNA-seq highlights intratumoral heterogeneity in primary glioblastoma
Patel AP, Tirosh I, Trombetta JJ, et al.
Science. 2014;344(6190):1396-1401. doi:10.1126/science.1254257
ヒトのがんは、異なる遺伝子発現やエピジェネティックな状態を示す細胞から成る複雑な集合体ですが、従来のモデルでは腫瘍内の多様性を十分に反映できていません。本研究では、原発性膠芽腫の5症例から得られた430個の細胞をscRNA-seqで解析しました。その結果、発がんシグナルや免疫応答、低酸素応答など多様な転写プログラムが細胞ごとに異なることが明らかになりました。また、幹細胞性に関連する連続的な遺伝子発現や腫瘍サブタイプの違いも細胞間で観察されました。腫瘍内の多様性を証明するとともに、こうした多様性が予後に影響を与える可能性が示唆された重要な研究です。
●Brain structure. Cell types in the mouse cortex and hippocampus revealed by single-cell RNA-seq.
Zeisel A, Muñoz-Manchado AB, Codeluppi S, et al. Brain structure.
Science. 2015;347(6226):1138-1142. doi:10.1126/science.aaa1934
Zeiselらは、マウス脳の細胞についてscRNA-seqを用いた詳細な解析を行い、見た目からは判別できなかった細胞の多様性とその分子シグネチャーを明らかにしました。例えば、類似の特徴を持つ介在ニューロンが脳の異なる部位に存在していることや、すべてが1つのクラスと考えられていたオリゴデンドロサイトが実際には分子レベルで6つに分類されることが判明しました。さらに、血管関連のミクログリアは、見た目がそっくりな血管周囲のマクロファージと分子シグネチャーによって識別できました。大脳皮質全体の多様な細胞において、その細胞のアイデンティティ維持には複雑な転写因子制御が関わっており、これが脳の機能維持のメカニズムの一端を担っていることもうかがわれます。このように、発現パターンを通して脳の細胞の多様性が示され、脳の微細構造やその機能、中枢神経疾患の理解が進む事となりました。
●Integrative analysis of single-cell RNA-seq and ATAC-seq reveals heterogeneity of induced pluripotent stem cell-derived hepatic organoids.
Kim JH, Mun SJ, Kim JH, Son MJ, Kim SY.
iScience. 2023;26(9):107675. Published 2023 Aug 18. doi:10.1016/j.isci.2023.107675
筆者らの先行研究で、iPS細胞から作製された肝オルガノイドとヒト生体内肝組織とのRNA-seqを用いた類似性は約60%程度にとどまる事が示されています。そのため、肝オルガノイドを拡張できる状態とより分化した状態にするような2種類の培地で処理して、それらの状態における細胞の多様性や分化状態を、scRNA-seqとscATAC-seqを用いて解析しています。オルガノイドの成熟に伴い、ミトコンドリア遺伝子の発現が上昇し、ATAC-seqのピークもミトコンドリア制御領域で上昇する、つまりオープンクロマチン状態になっている事がわかりました。他にも、オルガノイドの分化と共に発現する転写因子やオープンクロマチン領域の同定が出来ました。ヒト生体内肝組織とは異なり、肝オルガノイドでは、膵臓の発生に必須な転写因子であるPDX1をノックダウンすると、胎児マーカーであるAFP減少と肝細胞マーカーであるALBの発現上昇が見られ、肝臓オルガノイドの成熟が進むことが観察されました。本研究で得られた知見は、より生体に近い肝オルガノイドの作製や個別化医療の発展に寄与する可能性があり、さらなる解析が期待されています。
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