ATAC-seqから導かれる新発見: 適用分野と論文紹介

エピゲノムクロスロード

はじめに

ATAC-seqに関していままで原理や方法論などをご紹介して参りましたが、本記事では、より具体的な利用例を、論文紹介という形で挙げて参ります。

(参照: ATAC-seqによるオープンクロマチン解析: 方法とその意義

   RNA-seqとATAC-seqデータの統合解析: 方法と応用)

膵臓発生の複雑さを明らかに

膵臓は、腹側膵原基と背側膵原基が発生初期に内臓回転により融合し、主膵管が形成されるといった複雑な発生経路を辿ることが知られています。Ma, Z.らは、ヒト妊娠初期胚から得られた膵組織を用いて、大規模なシングルセルRNA-seqとシングルセルATAC-seqを行い、膵臓の発生の詳細を捉えました。腹側膵と背側膵はそれぞれで多能性細胞の遺伝子発現が異なっている事、腹側の多能性細胞を生み出す膵胆道前駆細胞の同定、NotchシグナルとMAPKシグナルが分化を制御している事、異なる分化能を持つ内分泌前駆細胞サブクラスターの存在などが明らかとなり、膵臓の発生の複雑さに新たな知見が提供される事となりました。また、シングルセルRNA-seqデータと比較して、シングルセルATAC-seqデータでは、腺房細胞や導管上皮細胞、内分泌細胞などのある特定の細胞集団がより早く同定可能であった事は、遺伝子発現に先立って遺伝子制御の発生が起こっている事を反映していると考えられ、興味深い結果となっています。

浸潤性膵管癌のメカニズム解明

そして、膵臓に発生する癌、主に浸潤性膵管癌は、発症件数や死亡者数が増加傾向にあり、そのメカニズムの解明や治療法の開発が急務の課題となっています。Antal, C.E.らは、スーパーエンハンサーがRNA結合タンパク質であるhnRNPF遺伝子を活性化し、PRMT1の安定化、PRMT1を介したUBAP2Lのメチル化、リボソーム生合成と翻訳促進、そして浸潤性膵管癌の増殖につながるという事を報告しました。それだけでなく、スーパーエンハンサーやhnRNPF遺伝子の欠失、またはPRMT1阻害薬の投与により癌の増殖抑制効果が得られた事から、今回の発見が、膵臓癌の新たな治療薬に繋がる可能性が示唆されています。この研究では、研究の初期段階に、スーパーエンハンサーを特定する為に、細胞株を用いたH3K27acとBRD4のChIP-seqとATAC-seq、ヒトの生検検体を用いたATAC-seqが行われています。

まとめ

このように、発生段階の詳細の解明や、がんのメカニズムや治療戦略の探究に、ATAC-seqは欠かせないものとなっています。他の解析方法との統合解析や、細胞株だけでなく、臨床検体やシングルセルなど、適切な解析法と検体を選択することにより、ATAC-seqが研究において果たす役割は、今後も一層大きくなっていくことでしょう。

参考文献

Antal, C.E., Oh, T.G., Aigner, S. et al. A super-enhancer-regulated RNA-binding protein cascade drives pancreatic cancer. Nat Commun 14, 5195 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-40798-6

Ma, Z., Zhang, X., Zhong, W. et al. Deciphering early human pancreas development at the single-cell level. Nat Commun 14, 5354 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-40893-8

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