ATAC-seqによるオープンクロマチン解析: 方法とその意義

オミクス基礎知識

はじめに

遺伝子の発現調節は、生物の形態や機能を決定する重要なプロセスであり、クロマチンのアクセシビリティがその鍵となります。遺伝子発現を制御するためには、転写因子や他の制御タンパク質が特定のDNA領域に結合できるように、クロマチンが開放状態(オープンクロマチン)になる必要があります。ATAC-seq (Assay for Transposase-Accessible Chromatin using sequencing) は、オープンクロマチン領域、すなわちクロマチンアクセシビリティを研究するための革新的な手法で、しかも簡便に行えるという魅力があります。本稿では、ATAC-seqの原理、手順、そしてその意義について解説します。

ATAC-seqの原理

ATAC-seqは、改変されたTn5トランスポゼースを利用して、オープンクロマチン領域を特定する方法です。改変されたTn5トランスポゼースは、DNAを切断し、その両端にシーケンス用アダプターを付加する機能を持ちます (tagmentation、タグ化)。オープンクロマチン領域ではDNAにトランスポゼースが結合しやすく、結果として、オープンクロマチン領域のDNAがタグ化された断片として得られます。このタグ化されたDNA断片を増幅しシーケンスすることで、オープンクロマチン領域の位置情報を得ることができます。

ATAC-seqの手順

細胞の準備
ATAC-seqを行う前に、実験対象となる細胞を適切に準備します。細胞は、細胞培養や組織から採取したものが使用できます。

細胞の浸透処理
細胞を低浸透液にて処理し、細胞膜を適度に破壊します。これにより、Tn5トランスポゼースが核内にアクセスしやすくなります。

Tn5トランスポゼースの処理
Tn5トランスポゼースを加え、オープンクロマチン領域の切断とアダプターの付加を行います。

DNAの精製
処理された細胞からDNAを抽出し、精製します。

PCR増幅
シーケンス用アダプターが付加されたDNA断片を、PCRにより選択的に増幅し、シーケンスライブラリーを構築します。

シーケンス
構築されたシーケンスライブラリーを、次世代シーケンス技術を用いて、シーケンスします。

データ解析
シーケンスデータを用いて、オープンクロマチン領域の位置や特徴を解析します。専用のツールを用いて、データ処理や可視化を行います。

ATAC-seqの意義

ATAC-seqは、以下のような研究において有用です。

遺伝子発現調節の解析
オープンクロマチン領域は、転写因子や制御タンパク質の結合に関与しており、遺伝子発現の調節に重要な役割を果たしています。ATAC-seqを用いて、転写因子の結合サイトの予測や転写因子の機能解析、細胞の種類や環境条件に応じた遺伝子発現調節のメカニズムを解明することができます。

疾患の解明
エピジェネティックな異常は、がんや神経疾患を含む多くの疾患に関与する事が知られています。クロマチンアクセシビリティの状態を調べ、遺伝子発現やその調節状態を解明する事は、発症のメカニズムの解明や治療戦略の開発につながります。

発生生物学
細胞の運命決定や分化はエピジェネティックな遺伝子発現の調節によって制御されています。発生過程でのクロマチンアクセシビリティのダイナミックな変化の解析に、ATAC-seqが使われています。

今後の展望

ATAC-seqの技術進化に伴い、さらなる応用範囲の拡大や解析精度の向上が期待されます。例えば、シングルセルATAC-seqを用いた細胞群のクロマチンアクセシビリティの解析により、細胞の運命決定や発生過程におけるエピジェネティック制御の解明が進むでしょう。また、機械学習やAI技術と組み合わせたATAC-seqデータ解析は、新たな遺伝子調節メカニズムの発見や疾患診断・治療への応用が期待されます。

ATAC-seq技術の普及に伴い、研究者が容易にアクセスできるデータベースや解析ツールが整備されることで、エピジェネティクス研究の促進や成果の共有が進むことが考えられます。ATAC-seqは、遺伝子発現調節やエピジェネティクス研究の未来を切り開く重要な手法として、ますます注目されることでしょう。

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参考文献

Buenrostro, J. D., Giresi, P. G., Zaba, L. C., Chang, H. Y., & Greenleaf, W. J. (2013). Transposition of native chromatin for fast and sensitive epigenomic profiling of open chromatin, DNA-binding proteins and nucleosome position. Nature Methods, 10(12), 1213-1218.
Corces, M. R., Trevino, A. E., Hamilton, E. G., Greenside, P. G., Sinnott-Armstrong, N. A., Vesuna, S., … & Chang, H. Y. (2017). An improved ATAC-seq protocol reduces background and enables interrogation of frozen tissues. Nature Methods, 14(10), 959-962.

株式会社Rhelixa(レリクサ)について

当社は最先端のゲノム・エピゲノム解析で培ってきた技術を活用して、生物学・医学・薬学領域における基礎研究や製品・ソリューションの開発、またはそれらの受託業務を行っています。次世代シーケンサーにより得られるエピゲノムデータの他、ゲノムやトランスクリプトーム、メタゲノムデータを組み合わせた統合的なデータ解析により、細胞制御の詳細なメカニズムの予測や精度の高いマーカーの探索を行います。また、研究開発のあらゆる場面で必要となるデータの統計解析や図版作成を基礎知識を必要とせず誰もが手元で実現できる環境を提供しています。