エピゲノムによる魚類の性転換制御 ~生殖にかかわるエピジェネティクス~

エピゲノムと産業応用

魚類の生殖

◆ 子孫を効率的に残すための性転換

生物の中には、性別が変化する生き物がいることをご存知でしょうか。私たちヒトでは、性染色体がXXなら女性、XYなら男性、というように、生まれながらにして生物学的な性別が決まっています。ですから、性別が変化する生物がいることを不思議に思われるかもしれません。

性別が変化する、すなわち「性転換」をする生物は海に住む魚類に多く、子孫を多く残すために進化した戦略であると考えられています。例えば、水族館で人気のクマノミも性転換を行う生物の一つです。クマノミは同じイソギンチャクに住む個体の中で、もっとも大きいものがメス、次に大きいものがオスとなります。最も大きなメスが死んでしまうと、次に大きなオスがメスに性転換し、集団の中でその次に大きなものが新たなオスとなるのです。こうすることで、どの集団でも子孫を残すことができるという生殖上のメリットがあると考えられています。

魚類の生殖

以下に紹介する研究では、ブルーヘッドベラという魚の性転換に着目し、そのメカニズムに「エピジェネティクス機構」が関わることを明らかにしています。「エピジェネティクス機構」は、環境などにより生物が後天的に変化するための、遺伝子発現のスイッチです。

『ストレス・新たな性遺伝子・エピジェネティック機構は、社会的な要因による性転換を制御する』
Stress, novel sex genes, and epigenetic reprogramming orchestrate socially controlled sex change

DOI: 10.1126/sciadv.aaw7006
Todd, E. V., Ortega-Recalde, O., Liu, H., Lamm, M. S., Rutherford , K. M., Cross, H., Black, M. A., Kardailsky, O., Marshall Graves, J. A., Hore, T. A., Godwin, J. R., & Gemmell, N. J. (2019). Stress, novel sex genes, and epigenetic reprogramming orchestrate socially controlled sex change. Science advances, 5(7), eaaw7006.

ブルーヘッドベラはサンゴ礁に生息する魚の一種で、社会的環境によって性転換を起こすことが知られています。はじめはほとんどの個体がメスとして生殖を行っていますが、集団内の支配的なオスがいない場合には、集団内でもっとも大きなメスがオスへの性転換を行います。驚くことにこの性転換の過程では、個体は数時間以内に行動変化を示し、卵巣から精巣への変化は10日ほど、体色の変化も含めても20日ほどで性転換が完了するといいます。

◆ 性転換の段階

そこで、メスからオスへ性転換する過程で、生殖腺で遺伝子発現パターンがどのように変化してゆくかを、網羅的発現解析(その生物のDNAにある多数の遺伝子を一度に解析する手法)により観察しました。
まず最初に起こることは、アロマターゼ(cyp19a1)の発現低下でした。アロマターゼ(cyp19a1)という酵素は、男性ホルモンであるテストステロンを女性ホルモンであるエストラジオールに変換する、つまりメスであることを維持する働きがあります。
これが最初に起こるということは、この発現低下が性転換のスイッチである可能性を示唆します。
次に起こることは、オス特有の遺伝子amh(抗ミュラー管ホルモン)とその受容体amh2の発現上昇、そして cyp11c1とhsd11b2の発現上昇を介したアンドロゲン合成経路によって精巣の発達が始まるということでした。
性転換の過程でこのような2段階があるということは、その過程で生殖腺が「オスでもメスでもない中間的な状態」を経ることが示唆されます。

性転換

◆ 生殖腺における遺伝子発現のスイッチ調節

次に、生殖腺における遺伝子発現のスイッチ調節(エピジェネティック制御)に関与する遺伝子発現の変化を調べました。

さて、DNAにはヒストンという重要な部品が付随しています。このヒストンがメチル化やアセチル化といった修飾を受けると、DNAの高次構造が変化し、遺伝子の発現の量に影響が及びます。
このヒストンのメチル化は、RPC2 (Polycomb repressive complex 2) 複合体が制御していますが、性転換の中間段階ではこのRPC2を構成する因子の発現が低下していることがわかりました。
また、性別によって異なるDNAメチル化酵素ファミリーの遺伝子発現パターンが、メス型からオス型に切り替わっていっています。さらに性転換の中〜後期には、TET (Ten–eleven translocation)というDNA脱メチル化酵素の発現が上昇していることがわかりました。

これらの結果から、性転換の過程で、DNAメチル化やヒストンメチル化(H3K27)の再プログラミングが生殖腺で行われていることが示唆されます。

◆ 生殖腺のDNAメチル化

そこで、全ゲノムDNAでメチル化されている領域を調べる手法を用いて、生殖腺のDNAメチル化パターンを解析しました。その結果、性転換の過程で、生殖腺のDNAメチル化がゲノム全体で約10%上昇していることがわかりました。
比較のために、脳の組織でも同様の解析を行いましたが、そこでは性転換の過程でDNAメチル化パターンに顕著な差は見られませんでした。つまり、DNAメチル化パターンの変化は生殖腺だけに生じていると考えられます。

DNAには遺伝子の発現を調節する領域があります。その領域のCGI(CpGアイランド: CpG配列の出現頻度が高い領域)のDNAメチル化は、遺伝子の発現抑制に大きな影響を与えることが知られています。一般的に、遺伝子の発現を調節する領域のメチル化が上昇すると遺伝子の発現は抑えられ、メチル化が低下すると遺伝子の発現は促進されます。

そこで、上述した性ホルモンに関連する遺伝子の発現調節領域について、DNAのメチル化を解析しました。その結果、
・アロマターゼ(女性ホルモンであるエストラジオールに変換する酵素)では発現低下に伴って、アロマターゼ遺伝子の上流のCGIのDNAメチル化が上昇
・オス化遺伝子のひとつであるDMRT1(Doublesex Mab-3 Related Transcription factor 1)では発現上昇に伴って、遺伝子上流のCGIのDNAメチル化が低下
がわかりました。したがって、DNAメチル化パターンの変化は性転換に重要な役割を果たしていると考えられます。

以上のことからこの研究では、ブルーヘッドベラの性転換にはエピジェネティックな機構が関与するとまとめています。また、性決定と分化・維持のメカニズムが明らかにされることで、脊椎動物における性別の可塑性にも寄与する可能性があると締めくくられています。

*論文に公開されているデータは研究段階のもので、産業への応用は安全性も含め段階を踏んで検証されていく必要があります。

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