エピゲノムによる細胞の長期記憶の可能性 ~ COVID-19とtrained Immunity ~

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コロナウイルスSARS-Co2によるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の予防・拡散防止のため、みなさんも自粛生活を続けていらっしゃることと思います。COVID-19の病態メカニズムに関して、BCGワクチンの接種歴が新型コロナウイルスの感染による死亡率を低下させる可能性があるのではないかということが話題になりました。

実際にCOVID-19による死亡者数(図1)とBCGの接種状況(図2、オレンジ色が接種を実施)を比較してみると、確かにある程度の重複があるようにも見えます。

COVID-19 deaths
図1 新型コロナウイルスによる死亡者数 参照:Our World in Data(2020/05/07時点)
BCG Recommendation Type
図2 BCG接種状況 参照:The BCG World Atlas: A Database of Global BCG Vaccination Policies and Practices

このような傾向からBCG仮説が言われていますが、本当にBCG接種が新型コロナウイルスに効果的であるのかについては慎重な議論が必要です。一方で、BCG接種による免疫活性化がウイルス感染予防を抑制するメカニズムにエピジェネティックな作用が関与することが過去に示唆されています。大変興味深い報告ですので以下にご紹介します。

BCGワクチン接種は自然免疫応答の活性化に関連したサイトカインの誘導を介して実験的ウイルス感染から保護する
BCG Vaccination Protects against Experimental Viral Infection in Humans through the Induction of Cytokines Associated with Trained Immunity.
Arts et al. Cell Host & Microbe (2018)https://doi.org/10.1016/j.chom.2017.12.010

結核に対するワクチンであるBCG接種は疫学調査により結核だけではなく他の感染症や一部のがんの治療にも効果があることが知られていますが、そのメカニズムはわかっていませんでした。いくつかのメカニズムが提唱されていますが、オランダの研究グループはBCG接種が免疫細胞の単球のエピジェネティックな変化を誘発し自然免疫応答の活性化(trained immunityの獲得)をおこなうことによりウイルス感染を抑制するという仮説に注目し研究を行いました。

BCG

この研究では、BCG接種前後のヒト末梢血内単球のヒストン修飾を調査しました。クロマチン免疫沈降シーケンス法(ChIP-seq法)を用いて単球を分析した結果、ゲノムワイドにヒストンアセチル化が変化し、エピジェネティック状態の再編成がおこっていました。ヒストンアセチル化の上昇は重要なシグナル伝達経路や炎症性サイトカイン産生に関与する遺伝子に観察されましたが、興味深いことにこのヒストンアセチル化変化は発現の差異を伴っていませんでした。

研究者らはBCGワクチン接種による単球の機能変化を調べるために、無毒化した黄熱ウイルス投与後の血中ウイルス量や炎症性サイトカイン量などを測定しています。その結果、BCG接種した場合にはプラセボ群に比較して血中ウイルス濃度が抑制されたことを報告しています。また試験管内でtrained immunityを評価するため、採取された単球をBCGと無関係な病原体で刺激をおこなったところ、IL-1βの分泌亢進みられ、サイトカインの中でこれが最もウイルス血症の低下と相関し、他の炎症性サイトカインとは異なっていました。さらにこのIL-1β自体がtrained immunityを誘導できるのかどうかを検証しており、単球にIL-1βを24時間暴露することで病原体刺激に対する炎症性サイトカイン産生能の向上を示しました。この効果はヒストンメチルトランスフェラーゼMTAで阻害されたことから、エピジェネティック再構成を介して単球の機能変化が起こっていることを示しました。

単球内でのエピジェネティック変化がウイルス血症の抑制と相関するのかどうかを調べたところ、BCG接種した試験者の間でもウイルス血症抑制の程度の差異によってヒストンアセチル化修飾の程度が異なっており、BCG接種後に自然免疫のtrainingに重要な受容体をコードするNOD2を含む一定の遺伝子座のエピジェネティック状態変化を持つことがtrained immunityの成立に関与していることが示唆されました。

この報告では、BCGワクチン接種によって誘導されるIL-1βが単球におけるエピゲノムを変化させて潜在的な細胞形質=記憶を形成し、抗原とは無関係な広範な抗ウイルス効果を生む可能性が示されました。個体の免疫制御に効果のある特定細胞のエピジェネティック・メモリーの存在は、エピジェネティック研究において大変興味深いテーマといえます。

このような免疫反応におけるエピゲノム変化の効果が実際にCOVID-19を含む感染症などにどれだけ有効かは、今後安全性を含め時間をかけて検証されていく必要があります。報告にはIL-1βや炎症シグナル経路を含む様々な遺伝子多様性や外的要因など多くの要素がtrained immunituyの誘導に関与しうることが議論されており、個人への影響も含め戦略的にどのような予防法が確立されていくのか今後も注意深く見守っていきたいと思います。

*論文に公開されているデータは研究段階のもので、人体への応用は安全性も含め段階を踏んで検証されていく必要があります。BCGは重要なワクチンであり供給に限りがあります。日本ワクチン学会により成人へのBCG接種は倫理面から非推奨であり、現在は議論の段階であることにご留意ください。

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